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盆栽とソロキャン -『重力と呼吸』Mr.Children 感想






初記事です。ノットです。

 来たる10月3日(水)、Mr.ChildrenのNewアルバム『重力と呼吸』が発売されました。前作『REFLECTION』発売から3年4ヶ月程(前作からのオリジナルアルバムの発売スパンとしては現在最長)、漢字タイトルとしては『深海』(1996年)以来、『Versus』(1993年)以来の10曲収録と情報解禁から色々印象が濃いのですが、何でも待ち焦がれた新作アルバムです。
 以下、個人的感想です(長文スミマセン)。

◯今回の作品の位置付け

 まずは、情報解禁時に発表されたこの作品のキャッチフレーズを。

第一線を走り続けるロックバンドとしての『誇り』と、新たなる『覚悟』を胸に、バンドの中にある音楽に対する情熱、憧れ、愛、叫びに4人がもう一度必死に立ち向かった最新ALBUM
Mr.Children | 重力と呼吸 | TOY'S FACTORY

 思えば、前作『REFLECTION』では、初のセルフプロデュース作品を制作した流れに合わせ、ライブツアーからアルバム発売、曲を作りすぎてマキアージュのUSB(千鳥ノブの例え)*1に楽曲を収録する等、従来とは一線を画したプロモーションがありました。その上で、皮肉を道連れに旅立つ『fantasy』から、音楽界の文豪を目指し始めた『斜陽』、自由と3回叫び、未来への扉をノックし続ける『未完』等(全部書いたら海苔弁になるので割愛)、これまで得意としてきた角度45度から世相を見据える見方から、これからもミスチルが第一線を走り続けられると確信できる程の表現力まで「今から投げるボールを全方位から受け止めろ!!」と言わんばかりのアルバムだったのが3年4ヶ月前。
 その後も、ライブライブシングルライブシングルライブ...と繰り返される中で、斬新な取組の一つ一つに何度も驚かされました。
 このように自分の音楽に対するこだわりを提示し続けた後のアルバムだから、どうせ愛してしまうんと思うんだ...

 それはともかく、本作について結論から言うと、
 「全アルバムの中で、Mr.Childrenの4人のためにあるアルバム」
 
なんじゃないかと思いました。
 上記フレーズのように『誇り』と『覚悟』をもったアルバム制作を、「原点」に立ち返っているのだが、「0から始める」や「原点回帰」という言葉ひとことでは片付けられないし、一度だけでなく何度も聴くうちに「情熱、憧れ、愛、叫びに4人がもう一度必死に立ち向かった」理由が、理論や知識にもとづいたものじゃなくても、わかるのではないでしょうか。
 

◯「Mr.Children4人のためのアルバム」

本アルバムを聴いて、感想を見ようとtwitterを開くと...

「重力と呼吸 微妙」

と検索欄のサジェスト*2に出てくるようです。何が悪いのだ?耳が腐ってるのか?と思う人もいるでしょう。
 さらに調べると、「ロックと強調している割にロックでない」「音がごちゃごちゃしている」「歌詞やメロディーを、あんまり覚えてないや」etc...

 確かに、今までのミスチルの技量を期待したところ、曲数・収録時間の少なさ、歌詞の書き方の変化、サウンドの作り方が変わってて、肩透かしを食らってしまったという声を初耳では想像したし、なぜそうしたのか納得できないという人の意見、逆に称賛している人にとっての何故不満を言うのかわからんという声も言いたい気持ちはわかります。
 そもそも、デビュー25年超のバンドが長年第一線を走り続けている以上、コアなファン、ライトなファン、初めて聴く人間がそれなりにいる上、活動時期により作風が異なるため、それぞれの層によってバンドに対する拠り所や期待が違う(同じ層でも違うことも)あるわけです。だから、意見の違いについては「仕方がない」というレベルで受け入れた方が精神衛生上いいとは思います。一つにならなくていいよぉ〜認め合えばそれでいいよぉ〜って桜井さん言ってますし(認め合うことが簡単とは言っていない)。

 ただ、『重力と呼吸』に関しては、一回だけでなく何十回何百回も聴き続けてようやく、今までの『誇り』、新たなる『覚悟』をMr.Childrenが掲げた意味に気づけるタイプのアルバムではないかと。アルバムの作り方から桜井さんの創作の世界観まで。

 今までの、「桜井和寿が作った音楽」のアイデンティティをいかに擁立させるか、ブレイク後に闇堕ちした桜井さんがもたらした「深海」周辺のダークな世界観、ポップ色を強く出す路線に出た転機である「It`s a wonderful world」以後2000年代の明るい世界観、コバタケ氏からの独立により過渡期を迎えた「REFLECTION」までのミスチル、どれをとっても、桜井さんの創作に対する気持が具体的に鮮明に現れており、メンバーの音楽もその気持に付従していたためか「Mr.Children桜井和寿と愉快な仲間たち」という認知がファンの中でも強かったと思います。

 もっとも、今回の『重力と呼吸』は、「Mr.Children4人が作った音楽」をリスナーに植え付ける工夫が絶えないです。田原健一のギターが皇帝のオーラをまといながら目覚まし時計のごとく起こしにくるし、中川敬輔のベースが耳かき屋ごとく重低音を要所に狙い撃ちしてくるし、JENが数字数え始めてるしドラムの音がドンシャカパチドン一挙手一投足鼓膜を貫いてくるし...桜井和寿ライティングの歌詞、音楽の作り方も四人の演奏にとって過剰なものをできるだけ割いて(ブラスサウンドを抑える、歌詞の中の言葉にある個性をそぎ落としバンドに没入させる等)、「4人の音」を聴かせるようなアルバムになっているのではないでしょうか。いわば、わびさびを味わうアルバム。盆栽職人Mr.Children
 それでいて、「孤独こそ強さ」「世界でのつながり=海」「五感による体感=全身を使った皮膚呼吸」等、言葉ひとつひとつはシンプルに見えても、楽曲の世界観は今までのように奥深くメタファーや皮肉が効いており、また、1音符に歌詞を詰めこむところ、早口、さりげない韻踏み(ひまわりと陽だまり、太陽と回路、深呼吸と皮膚呼吸...)といった従来の歌詞職人桜井和寿としての魂が、今回のコンセプトを邪魔しない程度に局所局所に感じられます。いうならば、自分の意志で四季折々の表情を見せ、芽生え枯れる盆栽
 このように、シンプルさの中にある音へのこだわりに焦点を当てたアルバムは数あれど、長年培ったイメージと技術も盛り込んだ「わびさび」を表現したアルバムは稀有であり、Mr.Childrenのような第一線を走り続け、かつ挑戦心を忘れないアーティストではないと出せない傑作だと思います
 とにかく、意識して観察をしないと当たり前のものに気づけないということを暗示するのが『重力と呼吸』というタイトルにも表れているのではないでしょうか。

◯身近で、具体的で、淡白であることの重要性

 Mr.Childrenといえば、時の世相や普遍的なテーマを韻踏み、独特な単語、逆説的な表現など語頭から語尾までこだわり尽くした曲が多く、歌詞だけとっても読み応えのあるもの。
 しかし、今回は淡白でストレートな表現が比較的多いです。今回の作風に至る背景として、桜井さんが以下のことを語っていました。

今はたいがいのものがネットを通じて音と視覚で入ってくる。自分自身が、言葉だけを見て、何かを想像したりイメージしたりする力が落ちてきてるなって感じています。だから、リスナーもそうなんだろうと思うんですね 
「いつまで叫び続けられるんだろう」――桜井和寿、26年目の覚悟 - Yahoo!ニュース

「若手のアーティストに音楽やめたくなるような圧倒的音を鳴らしたるで...」と桜井さんが宣戦布告していたのですが、個人的には、今回のアルバムについて、アーティストだけでなくリスナーに「音への執着心をいかに感じ取ってもらえるか」を試そうとしているのではと思います。(勝手な推測ですが...) 
 
 今回のアルバムでは、君じゃなきゃ、day by day、more more more、神様が僕らにくれたetc...フレーズに同じ歌詞(似ている歌詞)の繰り返しを多用しています。曲全体の中で、歌詞内の物語の変化に沿ってどのように感情が変化しているのかを各サビごとに比較するときに、同じ音に同じ歌詞を乗せた方が、歌い方の変化に集中しやすいのではないでしょうか。
 例えば、day by day(愛犬クルの物語)は、愛犬への愛(依存心?)を右肩上がりのグラフのごとく表した曲ですが、And day by dayの最後のday、一番はday↘︎と音を短めに歌い、二番ではday→とやや音を伸ばし、最後はdayyyyyy↗︎と叫びを入れている(感覚的な話なので異論があればすいません)。この曲では一番に愛犬と主人との関係、二番に孤独の原因である「あの女性」についてと、愛おしさが深くなる過程を、物語を単に並べているではなく、歌詞の配置と歌い方でどのように映えさせるか、といった工夫がなされていると考えてます。(このほかにも同じ歌詞でも表現を変えているところがあるので、歌詞の配置と意味、その歌い方との関係を考えてみると新しい発見ができると思います。)

 引用したYahooニュース内のインタビューで、「リスナーの想像力をあまり信用していない」と桜井さんがコメントしていますが、リスナーのことを諦めたり、見捨てたりしているわけでは決してないと思います。なぜなら、ネットの普及がリスナー全体で広がっていることを把握した上で、桜井さん自身が「ネットが原因で想像力が落ちている」と気づいてから、リスナーもそうなんじゃないか、そういったリスナーにどのような音楽を届けたらいいかと試行錯誤した結果の一言だからです。以下の言葉にも、そのような桜井さんの時代の捉え方が表れています。

時代というものは常に考えているけれど、それはマス(大衆)について考えているってことではなくて、自分の内面を掘り下げればマスにたどりつくと思っているんです。
「いつまで叫び続けられるんだろう」――桜井和寿、26年目の覚悟 - Yahoo!ニュース

 『重力と呼吸』の感想は個々人によって異なりますが、時代の移り変わりを見据えた音楽活動を常に考えていくという過程、またそれを学びながら音楽を聴いていくことはいずれにせよ大事だと考えています。

 今作の場合は、歌詞が淡白すぎるという声はありますが、むしろ淡白で具体的で身近であるからこそ、音、叫びが鮮明に聴こえて来るといった効果を桜井さんは狙っているのではないでしょうか。また、自分の感情を抑えた俯瞰的な歌い方と相乗させて、なるべくリスナーの想像力を頼りに、リスナー側に音楽の解釈をゆだねて、ネット社会の喧騒によって忘れられた、言葉と音の機敏、細かな息遣いに気づかせようとも心がけているんじゃないでしょうか。
 そう、誰もいないキャンプ場で一人キャンプ(ソロキャン)をしているときの感覚、誰にも邪魔されないところで、焚き火を味わい自然と対話するときのあの感覚のような...(ステルスマーケティング)

以上

yurucamp.jp

*1:2018/10/05, アメトーク, Mr.Children芸人より

*2:文字を打ち込むと、予測変換するアレ